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パールハーバー

毎年、12月7日が近づいて来ると何かと話題となるパールハーバー。
(海外では。日本では終戦日は重要だけど、12月7日は避けて
通ってるかな)



海外に住む日本人としては、心が痛い日、です。




先日の新聞には、オークランドに住む96歳のおばぁちゃんのこと
が出てました。

彼女はオーストラリア人で、戦争当時、看護婦として、現パプア
ニューギニアに送られたそうです。

が、日本兵に捕まり、横浜に連れて行かれ、そこに2年、拘束され
ていたそうです。
食べるものがどんどん減り、封筒のノリをなめて生き延びていた
時期もあったそうです(封筒を作るのが与えられた仕事だったそう)。

日本兵に殴られたりしたこともあって(強姦はなかったそうです)、
それは過酷な時間だったようです。


72人(だったかな?)いた、捕虜のうち、生き残っているのは
彼女だけ、とかで、今回、初めて、公式に日本の政府から謝罪を
したい、ということで、日本に招待され、先週末、日本に発った
そうな。そんな記事でした。



やっと誤ってくれるのか、日本。


でも誤ることをしないよりは素敵だ。




くれぐれもそのおばぁちゃんに手厚いおもてなしをしてくれ、
っと願わんばかりです。




しかし、白人のおばぁちゃんは強いな~。



96歳で、スカートはいて、お化粧した写真が載ってたぞ!

そして、長時間の飛行機に乗って日本に行けるんだぞ!



うちのばばちゃんは94歳で亡くなったのに、、、、




っと思ったら、戦争のこととか、おばぁちゃんに聞いたこと、
なかったな~って思った。




小学生の頃、宿題で、戦争に行ったおじぃちゃんたちから経験談
を聞くことってのがあって、祖父に聞いた記憶はあるけど、

なにせ当時私は小学生。しかも社会科なんか興味なかったし、

聞いた話で覚えてるのは、おじぃちゃんは運良く、召集はされた
けど、国外に出る前に終戦となり、岐阜だか四国だかまでしか
行かなかったらしい、ってこと。


そんなおじぃちゃんでも、酔うと必ず、



「貴様と俺と~は~、同期の桜~♪」



って軍歌、歌ってた。




それなりの思い出があったんだろうね。


若い頃に家族を置いて戦争に借り出されて、敵に向かえと教え
込まれ。



その、パールハーバーも、いろいろ説があるよね?





欧米諸国では、断言的に日本が宣戦布告もなく勝手に攻撃して
きた、

日本は悪者だってことになってるけど、



でも実際は攻撃開始30分前に宣告する予定だったんだけど、
日曜の早朝で、日本語から英語に翻訳できる人、タイプできる
人が大使館にいなく、段取りが遅れ、結局は攻撃開始1時間後
での宣告、になってしまったんだよね。
その事実は無視され、チクリチクリと未だに言われ続ける日本。




その2年前、ドイツとソビエトがポーランドに無宣告で攻撃
したことは、な~~~んにも騒がないんだけどねぇ。




この週末の新聞にもまた戦争関連の記事が載っていたらしく、
それを読んだ旦那が、


「ほんと日本人はアグレッシブだったよな~」


って言ってて、なんだか猛烈に頭に来た。そう、猛烈に。



確かにそうだったかもしれないけど、小さい島国を守ろうと
思ったらそうしなければならなかった、ってこともあるかも
だろうし、

事実や発端はたぶん、一つじゃなく、いろいろ重なってたこと
もあると思うし、


あ~~、それにしても、年をとると愛国心が増し、サクっと
そんなこと言われると、腹立つわ~~っ!



「お前らの運転よりはよっぽどアグレッシブじゃないと
思うよっ!」



とか言ってやりたくなって、さすがに時限が違いすぎるな、っと
やめたり、


やっぱりなんか、戦争の話になると長くなるし、コジれるわ。





生きていれば80歳近い、オーストラリア人のおじぃさんに、


「原子爆弾は戦争を終わらすために必要なものだった。」



って言われたことあって、こっちの頭が爆発したことあった
けど、、、




あ、やっぱりこの辺で終わりにしといた方がよござんすね。


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コメント

No title

本当にねぇ・・・日本人は口下手だからさ それがどうしてそうなったのか
って説明が下手で(自分も含めて)
それが未だにこんなに言われちゃうんだもん。悔しいよね
96歳のおばあちゃん ちゃんと手厚くもてなされて満足して帰ってくることを祈る!

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プロフィール

モニやん

Author:モニやん
40代中盤の旦那
40代突入のモニやん

不妊治療の末、2006年3月13日に第一子の女の子(モニ子)、
2009年8月18日に第二子の男の子(トビ)を授かりました。

子育て日記+NZのことなんかをちょこちょこ書いています。

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