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持ちこたえて!

あれから一週間、雪の降る、寒い寒い避難所におられる方々のことを思うと、
なんとか早く、せめて電気・水道ぐらいは通るところに移してやって欲しいなぁっと思います。

今日は実家の母と姉と話しました。
わが町でも被災地の方々を受け入れ始めたそうで、会館みたいなところ
でお世話をしているそうです。素晴らしい。助けあい、頑張っていただきたい。
ちなみにわが町は仙台より、どれぐらいでしょう?約60キロぐらいかと思います。


山形出身の私なんかより、もっともっと被災地に近い方の目線でのお話も
あると思いますが、隣接する山形の事情(家族)を記録しておきます。


地震から8日目、電気・水道・ガス・電話等のライフラインは通常通りに戻ってますが、
首都からの道路事情とガソリンの問題で物資が入って来ず、
近辺のスーパーは食料がガラガラだそうです。

昨日、久しぶりに近所のスーパーで菓子パンがあったので4袋を掴みレジに持って行った母、
「一人一袋までなんです」っと断られたそうです。
そのたった一個の菓子パンを何等分かに切って、子供優先で食べたそうです。

車で行けば物がわりとあるスーパーがあるらしいのですが、
なにせガソリンが手に入らない状態(2日前、町に数軒あるガソリンスタンドのうちの
たった一軒が開店したそうです、が、1キロ以上の行列ができたそうです)なので、
諦めてるようです。

しかし、あと数日後には物が入るようになる、っという噂があるようなので、
なんとか大丈夫かな~っとわりと前向きでいます。

不便な生活をしていますが、それでも「太平洋側の人たちに比べれば幸せなものだ、
申し訳ない」っとみんなが口にしています。



わたくし、10~12年前の2年間、仙台に住んでおりました。
今回の地震が起きた後、わりと初期に「若林区に遺体200~300」っていうニュースがありました。
その若林区に住んでおりました。私は同じ区でも内陸の方でしたので、
海側の方はあまり知識はありませんが、避難所となっている小学校は
近くにあった記憶の名前、でした。

あそこら辺が・・・・・

っと思うと、事実を受け止めるのが怖いです。



仙台空港近くがご実家のお友達、家を流されてしまいました。
そしておばぁちゃんがお亡くなりになりました。。。。。。。。。

きっと90代のおばぁちゃん。長生きされてきたのに、最後にどんな恐怖心、痛みと戦って
亡くなっていかれたのか、っと思うと、胸が苦しくてしょうがないです。

そんな不幸があった中でも友達は、「親戚のお家にいられるから、避難所にいる人たち
よりも恵まれてる」っと言っています。
そんな状況でもこんなことが言える状況、どんな状況なんだろう。壮絶。




8ヶ月の赤ちゃんと旦那さんを連れてスペインから仙台に一時帰国されていたお友達。
オーストラリアとNZとカナダが仙台から東京まで移動するガイジンさんたちの
ためにバスを準備していたそうです。そのバスに乗せてもらうことができて
旦那さんと赤ちゃんと一緒に仙台を出たそうです。
そして次の日、スペインが準備した軍用機で帰国させてあげると言われたそうですが、
赤ちゃんに軍用機はあんまりよくないそうで、商業用の飛行機で昨晩帰路につきました。
そんな彼女とスペイン大使館に滞在中の間、携帯で話したのですが、
「家族をみんな仙台に置いて行くなんて心配で。」っと泣いていました。
すごい決断力がいったと思います。どうぞご無事で帰国されますように。。。




実家近くに住む姉家族。
長男(私の甥っ子。24歳)が姫路で一人暮らしをしています。
南の方の人は生活になんら支障がないのでまた東日本の方たちとは感覚が違うようです
(私も実際、阪神大震災のときは若かったし東京にいたので地元の方たちとは感覚が
まるで違っていたと思います)。
甥っ子はネット等で情報を収集しているようで、恐怖心がかなり膨らんでいるようです。
姉に「今すぐにでも迎えに行くから一緒に姫路に移動しよう」っと言ってくれているそうです。
なんとも頼もしい息子!!

しかし、信用できないわが国日本国国家、ですが、さて、放射能についての情報は
どこまで信じればいいのやら?

っと悠長なことを言っている間にまた爆発して今まで以上に漏洩してしまう可能性も
ゼロではないことも事実。


実はわたくし、東京にいる頃、原子力の会社に6年ほど勤めていました。
腰掛OLでしたので、どれがどうなってどうなるのか、なんて難しいことはわかりませんが、
未だに連絡を取り合っている上司もいますので、今回のことでメールしてみました。
専門の方はどれぐらい危機感を抱いているのか?っとさぐりたくて。

彼は福井に単身赴任なのですが、ご家族は茨城におります。
地震でお宅がダメージを受けて修理をしないといけないようなのですが、
おじぃちゃんと息子さんが会社を休んで屋根の修理等をされている、
私は交通手段が復活していないので、福井におります、っということで、
別段焦ってる様子もなく、ご家族を避難させる計画なんかもなく、
っといった感じでした。それを見て、「大丈夫なのかな。うん、きっと大丈夫なんだ!」
っと思うようにすることにしました。

山形の実家は福島の原発から120キロ。微妙です。アメリカさんは80キロ以内に
入るなとか言ってるんで、微妙な距離です。


アメリカさんっと書いて思い出した。
ちょっと愚痴っておこう。

ガイジンさんたちの避難についての行動は、おフランスさんが一番早かったかな?
そんなに放射能が危ないってことをご存知のお国なのに、
以前はずいぶんと核実験を自国からわざわざ遠く離れた大西洋でドカンドカン
やっておられましたよね?

アメリカさんもそう。80キロ近づくなって?
そんな危ないものを、一度とならず二度までも、広島・長崎と落としてくれました。

東電さん。
読んで字のごとく、東京電力。東京、関東。
福島って東北なの。福島は東北電力から電力もらってるの。
水道代が安いとか給付金があるとか恩恵は受けていたかもしれませんが
(私の予想です。調べてないです。)、関東に電力を送るための
原発で福島のみなさんが被害を受けている。
なんとももどかしい、むごい、やるせないっ!




愚痴っても何も今は始らない。
そんなマイナスエネルギーは最小限にし、今は、苦しんでいる方々のことを思い、
なにもできないけど、ただ思い、自分も節制して、気持ちを送ろう。

この災害が落ち着くまで、まだまだ先が長い。復興まではもっともっと時間がかかる。

避難所の方、泥で汚れた手を洗う水もなく、汚い手で冷たいおにぎりを
食べているそうです。

ずうううっと応援、サポートしていけるように、今は静観し、こういう現実を記憶にとどめ、
いらない情報は消去し、前向きでいられるように心がけよう。うん。


*モニの誕生会、先週でよかったです。今週末だったら多分、私、できなかったと思います。
 落ち込んでおられる中、忙しい中、来てくださった方々、おめでとうっと連絡をくださった
 方々、再度、ありがとうございました。
 モニは元気で小学生になりました。キンディーが終わった次の日、「キンディーに行きたい」
 っと珍しく泣いていましたが、今は「スクールの方が楽しい」っと言っています。



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コメント

No title

まりもちゃん、若林区に住んでいたんだね。私も石巻は思い出の地なのでやるせない、悲しい気持ちよぉく分ります。
ニュースを見れば見る程に、悲しみや怒りや無力感を感じるのに見ずにはいられません。そして、知っておかなければ。とも思います。
被災者の方々は、これからが大変でしょう。
私の伯母も今は待つしかない、と言っています。
私は、この状態が落ち着いたら、必ず石巻を訪ねようと思っています。私に何ができるかわからないけど、今はただ伯母に私達が支えてるという事を知ってもらいたい。そして、募金する事によって少しでも復興の役に立てば、と思ってます。

No title

まりもん貴重な情報ありがとうね。日本の現状をこうやって
教えてもらえる事に感謝です。

まりもんのお母さまや東北の方々の優しさには頭が下がります。。。。

兎に角頑張ろうね!私たちは出来る事を確実に。

がんばれ、日本!!

まりもんが昔住んでいた場所が被害にあったって知っても、信じられないよね。
お友達のおばあちゃん、、苦しかっただろうね。。胸が痛いよ。最愛の人を亡くしたとしても、お友達は、自分の今が精一杯で、悲しんでばかりはいられないんだろうね。。想像つかない状態だろうな。
今、日本の皆が気持ち&力を合わせてがんばる時だよね。
少しずつでもいいから自分達が出来る事をやっていきたいね!!




No title

真理子さんの気持ち、深く伝わってきます。 
私も同じく、今回の絶望的な被害、 被災者の事を考える度胸を裂かれるような気持ちで苦しいです。 被災者のご冥福、家族や家をなくした方の心に開いた空間が一刻も早く立ち直れるように、と願っています。

No title

テレビで被害にあった東北地区を見ると第二次世界大戦後の日本の写真の町の様子を彷彿とさせます。日本の多くの人たちが『欲しがりません、勝つまでは!』と言う戦後のスルーガンを思い出させるような姿勢でいるような気もします。

私達が住む地球は、私たち人間が存在し始めるうーんと昔から地盤のずれ(=地震)や、それに伴う津波などを繰り返して、今の地球の姿があるのでしょう。今回の震災もそのサイクルの一つだったに過ぎなく、人間は住まわせてもらっているに過ぎない、と思わずにはいれません。亡くなった多くの人達、愛する人たちを失った人達、を思うと受け止めるのは大変辛いことですが・・・・。

ところで、まりもさんの3月14日付のブログを読むと、日本もまんざらじゃないなぁ~、日本人で良かったなぁ、と思わされますね。(まぁ、NZではくじらの捕獲問題や、クライストチャーチの救助活動を追って来た報道陣がかなりひんしゅくな行動をしたりして、同国民としてちょっと恥ずかしいなぁ、と思ったりしたけど・・・)

そうだ、モニちゃん5歳の誕生日おめでとう!たくさんのお友達が来て素敵な誕生日を過ごせたようでよかったね。そうそう、くゆう君のママからコメントあったけど、日本人幼稚園にさくらと同じ日の水曜日通っているくゆう君かしらん??

No title

★どさんこちゃん★ 本当に苦しかったよね。叔母さん無事でよかった!どうかこれからも支えて行ってね!

★モンカドっち★ いやいや、モンさんの活動には頭が下がります!いろいろありがとう&お疲れですっ!

★ロバっち★ 仙台の地図とかググって見たりしちゃった。あの仙台が、、って感じです。

★ユカちゃん★ 本当胸が苦しいよね。私たちにできることもあるから頑張ろうね!

★モアナさん★ クユウ、そうだと思うよ。サクラちゃんと同じクラスなの?

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プロフィール

モニやん

Author:モニやん
40代中盤の旦那
40代突入のモニやん

不妊治療の末、2006年3月13日に第一子の女の子(モニ子)、
2009年8月18日に第二子の男の子(トビ)を授かりました。

子育て日記+NZのことなんかをちょこちょこ書いています。

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